グッ チバ ッグ黒
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null アドミニストレータはユージオの名前を知っていた。恐らく、俺とアリスがこの部屋に乗り込む以前に、ユージオに対して何らかの干渉が行われたことは間違いない。フラクトライトへの直接アクセス権を持つアドミニストレータは、ユージオの記憶を走査し、そこから俺が彼に伝えた連続剣技を掬い取ったのではないか?  この推測が正しければ——彼女が使えるのは、片手直剣用の中級スキルまでに限られるはずだ。ユージオがマスターしていた技は最大でも五連撃までなのだから。  ならば、俺がそれ以上の技を繰り出せば、勝機はある。  片手直剣技を完全習得した俺の最大攻撃は、十連撃に及ぶのだ。もう、出し惜しみをしている状況ではない。  ぐ、と足を開き腰を落とした俺を見て、アドミニストレータがくすりと嗤った。 「あら……まだ、そんな生意気な眼ができるの? いいわね、楽しい時間が長くなるというものだわ」  片腕を落とされ、天命も大幅に減少しているはずの最高司祭は、底知れぬ余裕を見せてそう嘯いた。俺はもう言い返そうとせず、大きく息を吸い、ぐっと溜めた。  身体と記憶に染み付いたソードスキルのイメージが、鮮明に蘇ってくる。見れば、右手の剣を、ぼんやりとスカイブルーのエフェクト光が包み始めている。  鞘についた土埃を外套の袖でぬぐってから、白黒二本の剣を一緒に膝に置いてやると、キリトはそれをしっかりと抱きしめて沈黙した。  改めてナイグルのほうを見ると、富農の頭領はこの騒ぎには一切の興味を持たなかったようで、すでに男たちの指揮に没頭していた。湯気を立てながらあれこれ喚き続けるその背中に軽く一礼して、アリスは車椅子の背を押して元きた道を戻り始めた。  胸中に吹き荒れた激しい怒りは、いつの間にか冷たい虚無感に取って変わられていた。  ルーリッド近郊で暮らし始めて、このような思いをするのは初めてのことではない。村人たちの多くは、アリスと言葉を交わそうとすらもしないし、魂に傷を受けたキリトに至っては人間として扱ってさえくれない。  それを責めるわけではない。彼らにとっては、禁忌目録を破った人間などというものは闇の国の怪物と大差ない存在なのだろうから、いっそ村の外に住まわせ、食料や日用品を売ってくれるだけで有り難いと思うべきなのだ。  しかし同時に、何故、何のために、とも思わずにはいられない。  いったい何のために自分たちは、あれほどの苦難を乗り越え、アドミニストレータと戦ったのか。前最高司祭カーディナルとユージオは命を落とし、キリトは言葉と感情を失い、そこまでして守ったものは一体何だったのか。  この思考の行き着く先は常に、決して言葉には出せぬひとつの問い——。  あの村人たちに、守る価値、意味があったのか、という。  その迷いこそが、アリスに剣と整合騎士第三位の座を捨てさせ、この地の果てに留まらせていると言ってもいい。